海揚りという古備前

「海揚り」というタイトルで井伏鱒二が小説を書いているのをご存知でしょうか。瀬戸内海の岡山沖に沈む古備前が引き上げられるときの様子を基に関わったいきさつなどが盛り込まれています。日本のやきもの、六古窯のひとつにあげられる備前焼は、須恵器をルーツに今もその風合いを大事に作陶されています。室町時代に日用雑器として、落としても割れない丈夫な擂鉢や壺などが沢山作られ、使われていました。その備前焼を船で運ぶ途中沈没して海底深くに沈んでいたものが、漁師の網にかかり上って来たものを「海揚り」と呼びます。

昭和15年に岡山県直島沖に沈む船から、医師の陶守三思郎氏が潜水夫を雇い引揚げた海揚りは有名ですが、本にはそのことにも書かれています。

海揚りの擂鉢

この径が約35㎝の大きな擂鉢は、当時は落としても割れないと評判を呼んでいたといい、今ならば塗蓋をあわせ、水指として茶会に使うこともできるかと思われる大きさのものです。夏に冷酒を入れて楽しんだり、花を入れたりと思いは膨らみます。

もう一つは鶴首火襷花入ですが、端正な姿の鶴首は、もともと唐物の古銅花生、あるいは高野山の水瓶をモデルにしたものだと言われています。藁を巻いて焼くことで赤茶色の発色をし、表情豊かな味わいを造り出しています。

海揚り鶴首花入

どちらも室町から桃山のもので古備前と呼ばれますが、その古備前の大家、桂又三郎氏の鑑定書や箱書きが一緒に展示されています。

この2つの海揚がりをみていると、昭和15年頃に、瀬戸内海から引き上げる時の様子を書かれた井伏鱒二の文章がより鮮明に画像として浮かび上がり、良き時代にタイムスリップします。

海揚りではない古備前の徳利、盃、花入、水指、茶入に加えて、縄文土器や弥生土器と須恵器の展示を、橋本関雪の書画と共にお楽しみください

武陵春酣

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