知らなかった!岩国のやきもの

「岩国といえば錦帯橋、錦帯橋と言えば岩国」

岩国っ子の自慢は錦帯橋です。

その錦帯橋を築いたのが3代吉川広嘉公とその家臣たち、聡明な殿さまと有能な家臣の残したものが、岩国の文化を支えています。

その広嘉の孫にあたる5代広逵公の時に始まったのが、岩国藩営のやきもの「多田焼」です。

藩営の窯で焼くものは、徳川将軍への献上品になりました。藩営の多田焼は、京焼に倣った焼き方で始まりました。岩国で取れる粘土で茶道具の形を作り、釉薬にも岩国の土を使いその色と風合いを京焼の技法で造り出すという事を、岩国藩の家臣である足軽たちが、何度も試し焼きを繰り返します。茶道に似つかわしい品格のある岩国のやきものは、次第に江戸においても評判を呼んでいきました。

そんなやきものの歴史が岩国にあったことを、知らずにいた岩国っ子ですが、これから少しずつお伝えいたしましょう・・   館長

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